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2016.06.08 |

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  • 散歩の達人 2011年 01月号 所沢 東村山

    2010.12.30 | 09:52
    JUGEMテーマ:お気に入りの雑誌

     
    東村山在住のブロガーさんの記事を見て 思わず買ってしまった。
    隅から隅まで じーーーーーっくり読んだ(←大掃除しろって)
    予想はしてたけど
    新しいお店ばかりで知ってるお店なんて 全然ない。
    所沢&東村山が 空とうどんの町 だってことも初めて知ったよ。
    私が子どもの時は うどんといえば かかしマークの 山田うどん だったもの。
    それに 私が住んでた頃なんて 本に載るようなお店なんか なかったってば。

    本に載ってた昔の写真は さすがにちょっと古すぎるし
    めっちゃ楽しみに買ったのに
    この さびしさは なんなのでしょう。。
    それは 私の立ち位置が 中途半端だから?

    東村山には 結婚するまで住み
    高校時代は 隣の駅の所沢で乗り換えていたので
    学校帰りに マックやケンタッキーに行きたいときは 所沢で途中下車
    地元でもそこそこ遊び
    でも 住んでる時は 東村山 キライだった。

    都会的なおしゃれな感じが好きなのに
    住んでる所は 「東」に「村」に「山」
    めっちゃ あかぬけない。
    さらに 東村山音頭に志村けん┐(~ー~;)┌

    私は結婚して絶対 東村山を出て行って 23区に住むんだって
    決めてた。
    (実際 ヨメに来たのは 小学生の頃習って
    絶対に そんなところには 人間は住めない
    と思っていた ゼロメートル地帯だったけどヾ(- -;)

    実家から離れて 下町に住むようになっても
    全然 寂しくなかった。
    母の方が 寂しがって毎日電話してきて しょっちゅうやってきた。

    それが 突然来なくなった。
    理由が分かんないまま 私は長男を産んで 長男がNICUに入ったので
    実家に帰れなくなり
    母と連絡が取れないまま 1ヶ月以上もたって私も長男も落ち着いたころになって 
    初めて母が病気で入院したのを知らされた。

    あわてて実家に帰った時 ほんの数ヶ月ぶりなのに
    東村山も実家も なんだかとても自分とは遠い所になったような
    急に カラーだった景色が 白黒になったようなそんな気がした。

    さんざん遊んだ所沢は 母が入院する防衛医大への駅になった。
    東村山の駅も 母のいない 父と弟だけの家に行くための駅になり
    私はますます東村山がキライになった。

    両親が相次いで亡くなり
    弟が結婚して
    実家が無くなると
    もう 私と東村山をつないでいたものが なくなった。

    いいんだ 
    今日から 私 下町の人になる
    せっせ せっせと下町の人になる 
    と長渕 剛の歌みたいにやってきたつもりだし
    東村山にも行ってない。
    行く所も帰るところもないし
    友達はいても 居場所がない。

    でも 私は 親と暮らした東村山より ダンナと下町に住んでる方が長くなった今でも 
    帰る家や家族はあっても 下町の人にも なりきれていない気がする。
    この 足元の危うさと言うか 不安感というかこういうの 
    きっとダンナや子どもたちには わかってもらえないんだろうなぁ。。

    それに こんなふうに感じるようになったのは 今年の夏に
    スーパーで 東村山黒焼きそばソースを 見つけてからで
    それ以来 私は 東村山がなつかしくて
    東村山に行ってみたくて しょうがない。
    ネットで ついつい 東村山を探してしまう。
    こんな本を買ってしまう。


    この間 スーパーの見切り品コーナーに
    東村山黒焼きそばソースが 何本も置いてあった。


    黒焼きそばソースを書いた記事 → こちら


    やっぱ 下町の人には あわなかったのね〜。
    私も 自分で作ってみても
    まあ 実際に東村山ででているものを知らないせいかもしれないけど
    (-ω-;)ウーン いまいち と思っちゃったもの。




    私は 下町の人なのか
    東村山出身の人なのか 自分でもよくわからないけど
    わかっているのは 私の居場所は この下町のこの家で
    私はいつもここにいて
    子どもたちが この先 なにか困った時ときとかに

    下町の家に帰れば おかーさんがいる
    と思われるようになれたらいいな。

    私は 困った事があるたび 心の中で
    お母さん 助けて
    と 数え切れないほど叫んできた。
    でも 母はいなかったわけで
    私は 自分がほしかった「大丈夫だよ」って言葉を
    ここで 何の根拠もなく言えるおかーさんになりたい。 


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    2016.06.08 |
  • コメント
    おはようございます。
    バタバタしていて年をまたいでしましました(^^;

    ナチョパパさんのおうちの歴史を教えて下さってありがとうございます。
    親がしてきた事って こうして次の代につたわっていくんだなーと
    しみじみしてしまいました。
    ご両親 健在で うらやましいです。すばらしいです。

    私は 親のありがたさとか 親である両親の気持ちとか
    そういったことを考えるようになる前に あいついで親を亡くしてしまったので
    まわりの友達が ご実家の話をするのがずーっとうらやましかったです。
    両親がいない事に関しては 自分の中でだんだんうまくおりあいを付けられるようになりましたが
    この年にならないと 気が付けない事はたくさんありますね。
    母は51歳で亡くなり その時私はまだ20代で 遠い先だと思っていたその年齢が
    だんだん近づいて来て 初めて その時の母の気持ちを想像するようになってきました。
    いまさらなんですけど┐(~ー~;)┌



    そんなとき この詩を知って
    泣いてしまった事があります。
    まさに こんな感じだったです。

    関洋子 ある日
    http://enjoytravelfamily.blog98.fc2.com/blog-entry-1007.html

    お正月に六本木 麻布をぶらぶらしました。
    ナチョパパさんのストーカーになってるかもしれません(*^m^*)


    • マリコ
    • 2011.01.04
    • 07:04
    ☆☆☆☆★☆☆☆☆★
    ☆☆☆☆★☆☆☆☆★
    なんかちょっとウルッと来てしまった…こんにちわマリコさん
    子供が出来てから、めっきり涙腺が弱くなってしまって…(^_^;ゞエヘッ
    いかんです。
    水戸黄門を見て泣いた時は家内も呆れていましたが、
    一番驚いたのは僕自身です。

    さて…そうですか、ご出身が東村山でいらっしゃるのですね。
    通常『実家』という言葉から想像する距離感とは違いますが(近いですし)、
    やはり『実家のある土地』って言うのは特別ですよね。

    ボクの場合は父のポリシーでドンドン移転したので…結果としてどこが
    『実家』としてのアイデンティティを持つ土地なのかが…とても曖昧なんです。

    生まれたのは新宿で、『自然の多い所が子育てには良い』と3歳〜12歳まで
    は杉並区善福寺という所で育ち、その後…もっと自然の多い所と国立市
    という所に引越しをして、今度は『子供も大きくなったので都心に戻る』と
    世田谷区に引越しました。

    今年の初めまでこの世田谷に実家がありました。

    しかしそもそもが家族5人ように作られた家は、老父母には大きすぎるし
    使い勝手が悪く…母が地下へ行く階段から落ちて、左眉上を12針縫う怪我と
    左手首の骨折。
    更には父と母が相次いで体を壊し(いずれも命に関わる状態だったので)…
    もっと小さくてフラットな家に引越しをしようと、この4月にマンションに
    引越しました。

    今は江東区に居ますが、心の中では「実家」と聞くとどうして成城の方の家を
    思い出してしまって…なかなか江東区の方の家がイメージできません。

    幸いにして父も母もまだ存命なんですが、やはり日常的に病院に通う事や、
    少し不自由になっている体が最も楽な生活を整えると仕方の無い判断だった
    のですが…僕自身はなんだかちょっと「根無し草」的な軽いアイデンティティ
    の喪失があったことが驚きでした。


    あー長くなりました(^_^;ゞエヘッ  自分の話だけですいません。


    きっとマリコさんの今の居住地にお子さんが戻ってくるようになりますよ。
    かつてのぼくやマリコさんがそうであったように。

    追伸:ボクは今年45歳ですが、知っていますよ「今夜は最高」面白かった
    ですよね(^∀^)ゞ ウン 因みに「散歩の達人」のファンでもあります。
    引越しの時に処分しましたが、結構バックナンバーを持っていました
    (^∀^)ゞ ハイ

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